公務員から民間企業へ。転職経験が中小企業診断士の仕事に活きている|note記事を更新しました

※この記事はnoteから引用しています。


先週末、中小企業診断士の1次試験が行われました。受験された皆さん、お疲れさまでした。

これから診断士を目指す方に、「これまでのキャリアが、意外なところで活きることもあるんだ」と感じてもらえたらと思い、今日は自分のキャリアを振り返ってみます。

私が新卒で入ったのは、外務省関連団体。専門調査員として在ウズベキスタン・在ラトビア日本大使館に計6年派遣され、現地の政治・経済・社会情勢を調査していました。

そんな私が、コロナ禍まっただ中の2020年5月に民間企業へ転職しました。
見積書1枚、パワポ1枚を作ることにも苦労したところから、これまでの経験が今の診断士としての仕事にどうつながっているのかをまとめます。

(ウズベキスタン時代の話は、自己紹介シリーズでも詳しく書いています▼)

自己紹介②|新卒でウズベキスタン!? 外交の現場で過ごした日々

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リファラルに近い形での転職

ラトビアでフリーランス通訳・コーディネーターをしていた2018年の秋、今の上司がインターネット経由で私を見つけて声をかけてくれました。公的な研究開発機関と一緒に海外視察に行くので、現地企業と政府機関を訪ねる通訳をしてほしいという依頼でした。

正直、全く触れたことのない分野で、専門用語なんてほとんど知らず、通訳はボロボロだったと思います。

でも、大使館の文書作りで鍛えた「視察報告書」の作成力と、リガ市公認ガイドとして現地を案内していた仕事ぶりを気に入ってもらえて、その後も定期的に仕事をいただくようになりました。

帰国後から仕事がだんだんと増え、海外出張を伴う内容だったので転職活動にも踏み切れずにいました。その思いを伝えてみたところ、上司から「じゃあ、うち来る?」と言われて転職

34歳になったばかりの2020年5月、創業50年超の中小製造業に最年少の女性として入社しました。

転職して大変だったこと

いちばん苦労したのは、頭の中の切り替えでした。

公務員時代は、調査して報告書を書くことがそのまま仕事になっていました。もちろん外交のため、現地の日本人のためという視点はありましたが、それが具体的にどれくらいの価値を生んでいるのかは、正直あまり考えたことがありませんでした。

でも企業に勤めたら、何か価値(売上、利益)を生み出さないと社員の給料が支払えません

海外から仕入れたものに利益を乗せて販売する。調査報告書の見積もりを作るときは、時間単位の人件費を考慮する。こういう考え方への切り替えがいちばん難しかったように思います。

行政の世界には「売上」「利益」という概念がありません。転職してすぐ、見積書を見よう見まねで作ってみたものの「出精値引きって何?」というレベルからのスタートでした。

パワポの営業資料も同じです。いわゆる「官僚パワポ」しか知らなかった私は、デフォルトのテンプレートを使って何日もかけて1枚を作っていました。

いま考えると、やたら派手で見づらいうえに、商品・サービスの特徴を貼り付けただけ。お客さんにとってのメリットや、買いたくなるストーリー構成なんて全く考えられていませんでした(このあたりの試行錯誤は別のnote「先輩の指摘で気づいた私の強み|経歴と学びがつながった話」でも書いています)。

給与面でも正直こたえました。大使館時代はかなり月給が高かったので、転職後に数十万円下がると知って「日本で働くとこれしか稼げないの…?」と愕然としたのを覚えています。

ただ、この「価値を生み出す側」の感覚を身をもって知ったことは、今、中小企業診断士として経営者の売上・利益の悩みに向き合ううえで欠かせない土台になっています。

転職して良かったこと

一方で、行政の仕事の仕方を知っていたことは大きな武器でした。公共入札のプロセスや補助金申請書類の作成、公的機関にウケの良い見積書・報告書を書くことは得意分野でした。

入社1年後には、無人航空機(ドローン)の輸入・運用、公的機関の国際調査のコーディネーター業、補助金関連、HPリニューアルが自分の仕事として定着(ドローン事業については「中小企業診断士の私が中小企業に勤め続ける3つの理由」でも紹介しています)。

コロナ禍でも毎年海外出張に行かせてもらえました。大企業だったら絶対に無理だったと思います。

海外製の無人航空機は大型で運用方法が複雑なため、操縦ライセンス取得のための長期出張に、毎年通訳として同行していました。無人航空機業界に詳しくなったことも、海外出張のたびに英語力が磨けたことも、今の自分の強みにつながっています。

女性最年少ということで最初は「なんか若い女性が入ったらしい」と不思議な目で見られていましたが、人間関係のストレスは全くない職場。社外の方も含めて、気が合って仕事がやりやすい人たちと働けるのが楽しくて、自分でも「就職できてラッキー」と思っていました。

OBOG会で気づいた珍しいキャリア

昨年、大使館専門調査員のOBOG会に、2018年の任期終了から7年経って初めて参加しました。

集まったのは8人くらい。当時いろいろな国に派遣されていた同期や先輩後輩に現職を聞くと、別の大使館で働いていたり、大学で研究を続けていたり、外務省や別の省庁、公的機関の職員になっていたり。民間企業に勤めている人は、私だけでした。

もし私も公的機関で働き続けていたら、民間企業、それも中小企業がどんな数字を見て、どんな不安を抱えて動いているかを肌で知る機会はなかったと思います。

逆に、民間企業からキャリアをスタートした人たちは、公的機関がどんな理屈で予算をつけ、どんな書類なら通りやすいのかを知る機会が少ないものです。

私は運良く、その両方を経験できました。

行政側の「求めるもの」も、中小企業側の「困りごと」も自分の実感として分かる。この2つの世界を橋渡しできることが、中小企業診断士としての私の強みになっています。

まとめ

見積書1枚、パワポ1枚に苦労した転職当初から数年。

公務員としての経験(行政の言葉や、行政が求めることが分かること)も、中小企業での経験(補助金申請や、中小企業の実態が分かること)も、どちらも今の中小企業診断士としての仕事に活きています。

「官」と「民」、両方の景色を知っていることが、今の自分の強みになっていると感じています。

これから診断士を目指す方は、遠回りに見えるキャリアも、意外なところで武器になるかもしれません。


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